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2020/05/10

ハンス・J・ウェグナー

ハンス・ヨルゲンセン・ウェグナー。

 

最も尊敬している家具デザイナーであり、家具職人でもあります。

 

なぜ、こんなにもウェグナーに心惹かれたのか。

 

ウェグナーの事を知ったのは今から10年前、27歳で働き始めた北欧ヴィンテージ家具屋さんにいた時でした。

 

そこにあったウェグナーがデザインした「GE290」というイージーチェア。

 

ただただ単純に「カッコいい」と思いました。

 

シンプルなデザインながら威風堂々とした佇まい。

 

座ってみると、今まで座ったことのある椅子、ソファとは比べものにならないくらい座り心地が良かった。

 

そしてリペアをしながら、細かい所を見ていくと一つ一つに意味を感じる。

 

ウェグナーの事をもっと知りたいと思い、色々とウェグナーの事を調べ始めました。

 

 

まず驚いたのは、ほとんどの椅子が1940年代~1970年代にデザインされているという事。

 

ウェグナーは1914年、日本だと大正3年生まれ。

 

自分の祖父が大正8年生まれなので、祖父より歳上の人がこんなにカッコいい椅子をデザインしたのか、というのが衝撃でした。

 

 

ウェグナーは家具デザイナーですが、家具職人の目線も持っています。

 

13歳から近所の木工所にいたH.F.スタルベルクに弟子入りし、17歳で木工マイスターの資格を取得、20歳で兵役に行くまで職人として働いていました。

 

 

ウェグナーのデザインする家具の特徴として、デザインはもちろん、「こんな事をしたら壊れる」という事は絶対にせず、強度や材料を無駄にしない作り方、そして座り心地などの機能性をとてもよく考えて作られています。

 

 

今でこそ世界中でウェグナーの椅子が愛され、ファンがたくさんいるウェグナーですが、1943年、29歳で家具デザイナーとして独立した当初は妻のインガの収入で暮らさざるを得ない時期もあったみたいです。

 

そんなウェグナーをある人は、「ウェグナーは天才肌のデザイナーではない。ひとことで言えば不器用な人、ウェグナーは努力の人だ」

 

と評しています。

 

また、デンマークを代表する家具メーカー、PPモブラーの創業者でありマイスターでもあるアイナ・ペーターセンは、ウェグナーの事を

 

「木の家具をデザインさせたら世界一の男。ただ気難しい。酒も飲まず、四六時中家具の事しか考えていない」

 

と話しています。

 

 

ウェグナーの家具はデザイン、機能性はもちろんの事、その家具が作られるまでの背景や苦労、そしてウェグナーの人間性が細部にまで感じられるからこそ、約70年経った今でも、世代を超えて愛され続けてると思います。

 

 

1993年、79歳で健康上の理由から現役を引退し、2007年に92歳でウェグナーは亡くなります。

 

長女のマリアネ・ウェグナーが父のデザインを整理している中で、

 

「1点でも作られた家具は800~850、残された図面は2,500にものぼる」

 

と話しています。

 

その数だけでも、ウェグナーが「努力の人」だった事が伝わってきます。

2020/04/30

今を生きる

最近、父が亡くなったり、世界中で新型コロナウイルスにより、亡くなった方が増えている。

 

そんなニュースを目にして、自分は一体、何のために生きているのだろう?

 

と、ずっと考えていた。

 

答えはなかなか見えなかった。

 

そもそも、答えなんかあるのだろうか、とも思う。

 

同じ命あるものとして、動物や虫、植物は、生きる意味なんて考えていないだろう。

 

ただ、人間は考える事ができてしまう。

 

色々なモノ、コトに意味を求めてしまう。

 

 

今から100年後には、ほとんどの人がいなくなっている。

 

100年後であれば、自分の孫くらいは、自分の名前や顔を知っていてくれるとは思う。

 

ただ、200年後、300年後には、自分の子孫でさえ、自分の名前や顔なんて知らないだろう。

 

自分もなんとか、曾おじいちゃんの写真を見たことあるくらいだ。

 

200年前、300年前の先祖の名前も顔も分からない。

 

そう考えると自分の存在意義とは何だろうと、虚しく思ってしまう時がある。

 

 

 

歴史に名を残す人は、ほんの一握りだ。

 

ほとんどの人が将来、名前も顔も知られない「無名の人」になる。

 

自分もその一人だ。

 

ただ、ようやく自分の中で「生きる意味」をちょっとだけ見出せた。

 

 

今、自分達が生きている社会は、「無名の人」が作り上げてきた。

 

家も、服も、食べ物も、道も、乗り物も、道具も、ありとあらゆるものが、

 

歴史のその時々で、もっと使いやすくするには、もっと暮らしやすくするには、

 

もっと美味しくするには、と少しずつ改良しながら積み重ねてきたものだ。

 

皆、目の前の事を一生懸命に向き合って作り上げてきた。

 

 

 

世の中のほとんどの人が、歴史の中で「無名」になる。

 

しかし、一人一人が実際に生きていて、名前もあった。

 

そして自分も「今」を生きていて、名前もある。

 

 

自分にできること。

 

それは「今」を生きること。

 

「今」の目の前の課題を一生懸命やること。

 

そして「今」を楽しむこと。

 

人間は「過去」を振り返り、「未来」を夢見がちだ。

 

過去も未来も大事だとは思うが、「今」を大事にしようと思う。

 

 

今の自分にできること。

 

自分が大好きな「北欧家具」、そして「家具修理」を通して、

 

「今」の誰かの役に立つこと。

 

少しでも社会の役に立つこと。

 

「無名」の一人かもしれないが、それが「未来」に繋がることを信じながら。

2019/11/19

職人としての始まり

23歳で初めて社会人として働いた所は、雑誌の撮影や展示会などに家具や雑貨をレンタルする会社だった。

 

その時は家具なんて興味は一切無かった。

 

免許が取りたてだったので、いろんなスタジオや展示会場に車で配送できる、という、今思うと本当に安易な考えで就職した。

 

毎日ハイエースに乗り、都内のいろんな所を走り回り、刺激的な仕事だった。

 

そんな時に出会ったのがある家具職人の方だった。

 

レンタルする家具は引きずったりする為、よく壊れた。

 

その度に修理をお願いしに、その家具職人の方の工房へ行った。

 

工房に充満した何とも言えない木の香り、壁に取り付けられている色んな道具、見たことも無い色々な機械、全てがカッコよかった。

 

そして、壊れた家具を何事もなかった様に、綺麗に直す、職人に憧れた。

 

その職人の方は家具を作るのが本業だったので、始めは自分も家具を作る家具職人を目指した。

 

どうすれば家具職人になれるか、色々調べて、大阪にある有名な家具屋さん、TRUCK FURNITURE の方や、東京にあるSTANDARD TRADEの方が職業訓練校に通っていたことを知り、職業訓練校に入った。

 

2009年、26歳で職業訓練校に入り、家具職人になる為のスタートを切った。

 

あれから約10年、色々な事があった。

 

今思うと、全ては繋がっているのかなと、ふと思う。

 

意味のない事はない、必ず何か意味がある、と色々な事がある度に自分に言い聞かせてきた。

 

苦しく、辛い時ほど。

 

 

 

「我以外皆我師」  吉川英治

 

 

※自分以外のものは皆自分の師匠である。心がけ次第で全てから何か学べる、という意味。

 

 

 

2019/10/29

自分

職人を目指し、職業訓練校に行っていた時、周りに上手い子がたくさんいた。

 

負けたくないと思い、必死で練習し、夜は家具職人の工房へ見習いに行っていた。

 

会社に勤めていた時は、上手い先輩がたくさんいた。

 

怒られながら、認めてもらいたいと必死でやっていた。

 

他人と比べる。

 

人にどう見られるか。

 

もちろんそれが大事な時もある。

 

でもそれは時に意味の無い見栄、プライドになり自分の成長の妨げになる。

 

どんな人間になりたいか、どんな職人になりたいか、理想の人間、職人像は自分の中に見えている。

 

あとはそれに向かって日々、自分と戦い、昨日の自分より少しでも成長するように頑張るだけ。

 

最大の敵は自分。

 

 

「あれになろう これになろうと焦るより 富士のように黙って 自分を動かないものに 作り上げろ」

                                    

 吉川英治作 「宮本武蔵」

 

 

 

 

 

 

2019/10/14

家具を修理するという事

家具の修理は奥が深い。

 

同じメーカー、デザインの家具でも全く同じ修理をしたことはない。

 

壊れている所が違ったり、木目も全然違う。

 

そこが家具修理の魅力でもある。

 

毎回が新しい。

 

毎回が勉強。

 

失敗も何十回、何百回しただろうか。

 

ただ、その失敗が引き出しとなり次の仕事に生かされる。

 

このやり方ではできない、このやり方とこのやり方を合わせてやってみよう、と。

 

職人の永遠のテーマ、「早く、正確に」「早く、綺麗に」。

 

たぶん、死ぬまでゴールは無いだろう。

 

職人である限り常に追いかけるのだと思う。

 

仕事をしていていつも思う事がある。

 

「これでいいのか?間違っていないか?」と。

 

不安、恐怖に襲われる時もある。

 

そんな時、本で見つけたある職人の言葉を自分に言い聞かせる。

 

 

「完璧という事はない。ではどうするか? 精一杯の事をするしかない。心を込めて仕事をする。」

 

 

 

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