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2020/12/30
改めて自己紹介⑤「木工所時代」
北欧ヴィンテージ家具屋の次に働いたのは川崎にあった木工所でした。
店舗の什器や内装、展示会のブースを製作する会社です。
やはりまだまだリーマンショックの影響から家具職人、家具リペア職人の求人は少なく、「生活ができて木工関係の仕事」と条件を下げて選びました。
家具とは少し違う仕事でしたが、色々な機械や道具を使い、木工の奥深さを学びました。
工場で壁や天井、カウンター、看板などを作り、それを現場で組み上げていく。
夜中までの仕事や徹夜もよくあり、大変ではありましたが東京モーターショーなど大きなイベントの舞台裏も見れて、とても良い経験になりました。
ただ、当時は悔しさや葛藤の日々でもどかしい時代でもありました。
展示会の仕事は、出展するメーカーがデザイン会社にブースのデザインを発注し、それを木工所が製作、設営します。
自分達はいわゆる下請けです。
ほとんどのメーカーやデザイン会社の人は良い人達でしたが、中には自分たち下請けの職人を下に見て、蔑んでくる人もいました。
職人を舐めている。
世の中にある「もの」は、全て職人が作っている。
職人の地位を上げたいと思いました。
その為には、職人自身も成長しなければいけない。
それは技術や知識だけでなく、教養、センスなどもそうです。
まだまだ実力が伴わない28歳の若者。
悔しさと「今に見てろ」という反骨心の塊でした。
将来、独立する、という目標を持ちつつ、ビジネス書や家具、歴史の本を読み漁り、仕事では盗める技術、知識は身に付けようと貪欲に学んでいた記憶があります。
ただ、必死で働き、学びながらも心の中で家具に触れ合いたい、家具の仕事をしたいという葛藤が常にあり、色々な家具の求人を見ては悩んでいました。
木工所で働いている時に結婚し子供も産まれました。
家族も守らなければいけない。
このタイミングで転職して良いのか?と自問する中で、やっぱり自分は家具が好きだと思い、家具の仕事をしようと思った29歳の冬、転職を決意しました。
今回は「職人」にこだわらず、「家具」の仕事ができれば何でも良いと思い、色々探している中で見つけたのが大塚家具でした。
今でこそ「親子喧嘩」であまり良くないイメージはありますが、それでも家具業界の大手。
取り扱っている家具も国内メーカーから輸入家具まで数多くあり、おそらく日本で1番の取り扱いだと思います。
それこそ北欧家具も取り扱っています。
ちょうど倉庫スタッフを募集していたので、職人としては働けないけど、家具業界のことや色々な家具のことを学べると思い応募しました。
応募して、慣れないスーツを着て受けた1次面接。
人事の方から願っても止まない驚きの言葉をかけられました。
「修理をする『工房』の部署があるんだけど、そちらに興味はありますか?」
つづく